瞑想のコツ:無になるということ

瞑想のコツ:無になるということ

あなたは日々の忙しさの中で、一人きりになれる静かな時間を確保していますか?

もう何年も前になりますが、ジル・ボルト・テイラー博士の著書『奇跡の脳』を読みました。

当初、私がこの本を手に取ったのは「右脳をどう活性化すればよいのか」という疑問からでした。
博士自身が左脳の機能を脳卒中で失い、右脳だけで世界を体験した経験を書かれていたからです。
彼女はその右脳だけの世界を、まるで涅槃に達したかのような幸福感があったと述べています。
さらに、神経解剖学の研究から、瞑想がクライマックスに達した状態と左脳が脳卒中で機能を失った状態は、驚くほど似ていると指摘しています。
この発見に触発されて、私は毎日瞑想を行うようになりました。
(10年以上使用した坐布が、最近破けてきてしまいました。。。)

坐布

さて、瞑想を行う際に、よく「心を無にする」と言われます。
「心を無にする」とは、何も考えずに心を空にすることを意味しますが、日常生活で雑念が絶えない多くの人にとっては、これは容易なことではありません。
私も、一心に心を無にしようと試みても、さまざまな考えが頭に浮かび、消えてはまた浮かぶの繰り返し。
そのたびに、「なぜ心を無にできないのか」と自問自答し、その日の瞑想が不完全だと感じていました。
しかし、次第に「それでもいいのではないか」と考えるようになりました。

「心を無にする」ことにこだわること自体が、実は「執着」であると気づきました。
心を無にできないという感覚や考えに囚われず、

耳に届く音、
空気の流れ、
座っている床の感触、
身体の感覚、
心に浮かぶこと、

これら全てを、良いも悪いもなく「ただ受け入れる」ことが大切ではないかと思います。
真に「無」にするべきなのは、自分自身を含め、様々な事象に対する評価や判断を行う「私」という存在そのものかもしれません。

この考えが正しいかどうかを議論すること自体が執着であると感じるため、現在は「私を無にする」ことを瞑想の中で積極的に実践し、沸き起こる感覚や考えをそのまま受け入れています。

私たち現代人は日々、多くの情報にさらされています。
たとえ1日5分だけでも、無作為に流れてくる情報を一時遮断し、瞑想に取り組むことで、心の静けさを感じ、集中力やストレス耐性が向上するだけでなく、自分自身と深く向き合う機会にもなります。
この習慣は、日常の仕事や人間関係にも良い影響をもたらすことでしょう。
「心を無にする」よりも重要なのは、その過程で自分自身と対話し、真の自分に近づくことです。
瞑想は単なる心の訓練以上に、自己成長と内面の平和につながる一歩と言えます。

さぁ、スマホを手放し、目を閉じてみましょう。

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